多分、私はずっと自分に不満があった。なぜならずっと自分の正しい理想がそのときそのときで瞬時にこの脳内にあったから。
今思えば、ずっと不満な状態を12歳から27歳の今まで続けている。
それがどんなに辛いことか。惨めか。哀れか。精神的にも肉体的にも。
そして、そんな自分をいつだって恥ずかしい存在としか考えられなかった。
そうやって考え出したら全てがそういう”ヤツ”に吞み込まれてきた。
そうやって考えてきた私の一番の失敗は、借金が膨れ上がったこと。現在年収以上の借金を抱えている。口ではなんとかなる、と言っているが、たまにひどく憂鬱な夜があって、真っ暗で、全てを終わらせたくなることがある。だけど、終わらせない強さもある。相反するものの中で生きている。そういう”もの”がとても好き。というかそれが人生だと思っている。
相反すること、矛盾、グレーな色、360度、丸い地球、その中でいかに中庸な立場でいられるか、その中でいつだって確固たるゆるぎない”もの”を持ち続けられるか。それが強さ。
私の失敗は借金だけじゃない。
過去を順序良く振り返ると、中学生の時から。そのときの私はひどかった。
自分の容姿や、身体的コンプレックス、人間との関わりの中で幾度となく醜態をさらしていた。過去はいつだって気持ち悪い。
今なら思う。そんなに自分をいじめなくたっていいということが。
鏡の前に立って自分の顔を見ながらビンタしていた。そういう感情が今でも自分の脳内引き出しから簡単に持ってこられる。そのときの周囲の風景や、自分の赤くなった顔や黒赤色の感情と一緒に。
(記憶力が多分良いほう?他人と比較したことがないから、正確には言えないが、ある単語や匂い、
五感でキャッチすると過去の思い出?記憶?がいつもよみがえる、そのときの風景と自分の感情とセットで)
だけど、もうそのときはそういう暗くて重たい感情に包まれていた。そして誰に言われるでもなく、自分で”それ”を包んでたことが一番怖い。自爆。いつだって自分で自分を苦しめてた。
どこからそのような影響を受けたのか。これが持って生まれたものなのか、なんなのかは誰も知らないが、私はいつだってそのときに正しい理由がほしい。(強欲)
中高とそうやって生きてきて(さらなる詳細はここでは省く)高校を卒業して、専門学校に入学した。
最初は楽しかった。引っ越しや新たな学校で環境が変わり、高校生から専門学生になるということは、かなり大きな、レベチなステップアップのように感じられた。
だけど、2年生になるころには、昔の自分が戻ってきた。学校にも行かなくなったり、遅刻したり。そりゃそうだよね。環境の変化はただの起爆剤なだけで、私を全て良い方向に変えてくれる、そんなわけがないのに、誰かが勝手にそうしてくれると思っていた。
専門学校は最終的に留年して卒業した。それでも、最後の1年間は人生で初めてきちんと勉強をしたように感じる。この過程は私の人生で初めて褒められる経験。
専門学校を卒業した後はフリーター。月手取り13万。家賃4万7千円。光熱費、クレカ、借金返済、どう考えても月の収支が合わない。だから、キャッシングやリボ払いの日々。
机に向かって、椅子に座っているのに床に吸い込まれる感覚に襲われる。
だけど、どうしたらよいかわからない。いつも今これをするのが誤りのように感じられた。世界中のみんながどのように生きているのか知りたかった。教えてほしかった。
だけど一言でいうと馬鹿だから。考えること、行動に起こすことを止めていた。
お金がないのに、欲しいものは買っていた。ここでもそういう感情に呑み込まれてた。欲しいものが買わなければいけないものに脳内で自動変換されていた。
食べたいものを好きな時間に好きなだけ食べた。色んなエネルギーを贅沢に使用していた。
ずっとコレじゃない、と思っていながらやめられなかった。やめる方法がわからなかった。
お金の管理の仕方がわからなかった。怖かった。数字にしてその現実を知ることが。ずっと逃げていた。そういう人生を多分8年くらい続けていた。
(今となっては、こんなネットで色々調べられる時代なんだから、誰か専門家に相談したら良いのに、と思うが、正しいことはいつも後でわかるんだ)
その間に、アルバイトで働いていたところで正社員にもなった。
給与はたしかに少しだけ上がったしボーナスもあった。だけどまだまだダメな自分だった。
正社員になってから、職場の人間関係がおかしくなった。
(というかおかしかったものに蓋をしていたけど、限度がきて溢れかえった感じ)
上司が殺したいくらい醜かった。その悪の連鎖で他の奴も。
でも結局全て自分自身が一番醜いことも知っていた。
嫌いな人、というのは、自分が嫌な人間にどうしても不可抗力になってしまうから、だからそいつが嫌いなんだと理解した。
自分の弱さに目を向けられない体質だから。
私は、極端だから、嫌いなものは嫌いなのだ。理想は、嫌いな奴でも美しい心をもって接すること、それはまだ無理。一生無理かも。
だけど、最低限適度な距離感で、”上手に”付き合うようにしたい。だけどそれもあっけなく無理だった。
何をしてもダメな奴がまた戻ってきた。(正しくは戻ってきたではなくて、丸の中にいつだって”そいつ”がいて、その角度になったらそいつが現れるんだ)
どんな場所にも嫌いな奴がいた。というか働き始めて嫌いな奴がこの世にたくさんいることを知った。おそらく、学生時代は無意識に人を選んでいたのだと思う。付き合う相手を。
だけど仕事となると、そんなこと言ってられない。
嫌いな奴とも同じ屋根の下で、2メートルくらいの距離でパソコンをカタカタしなきゃいけない。そういうこと全てが気持ち悪かった。気持ち悪くて気持ち悪くて、もうすでに自分自身が気持ち悪いという感情に支配されて、自分というこの女が気持ち悪いもののように感じられた。
仕事をしに行っているのに、どうして同僚によって余計なストレスを得るのか。
そうやってムシャクシャ、帰りの電車でも、夜寝る前でも嫌なことを思い出し、どんなに時間が経っても、どんな場所でもそういう嫌な気分が継続される。まるで、負の感情があたしの行く先々についてきている感じ。これだから汚い感情は怖いと知った。
2年前くらいから、少しだけ支出を減らせるようになった。(ようやく明るい希望の光が差し始めた)
自分を変えることがいかに大変か。大変なんてこんな漢字2文字で表すのが窮屈なくらい大変だった。
途中、依存症専門クリニックに行った。自分は買い物依存症なのかも、と思って。
だけど、結果はNO。買い物依存症は購入した後はその商品を使わないらしい。
私は律儀に全部きちんと使用していた。これじゃただの浪費家ですね、という結論に至った。(ここは失笑ポイント)
その帰りの京浜東北根岸線で、そのクリニックからもらった資料が私の鞄内で、水筒からあふれ出たハーブティーでずぶ濡れになっていた。だから、これは、神が(調子のよいときだけ使用させていただく)あのクリニックに行く必要はお前にはない、とメッセージを受けたのだと、自分の都合の良いほうに捉えた。
コレ、私の人生。
コレ、私の生き方。ここで書いているより、実際はもう少し明るいし親父ギャグ好きだし、何よりも宇多田ヒカルが好き。彼女のことを愛してる。
もう少しで仕事を辞める。フリーターになる。んだと思う。
月、手取り25万円が必要。生きていく。生きていく。
まだまだ、コレじゃない私だけど、たぶんコレな私は死ぬ直前に出来上がるのかな、もしくはあと20年後かな。
立ち止まっても、つまずいて転んでも、きちんと立ち上がる。そうやって生きてきたから。
全部自分で決めてきたから。
何をやるにも年単位の時間が必要だと学んだ。(やっぱり若さゆえで、時の重要性や価値や対象物と時の関係性が予想をいつだって超えていた)
自分をもう醜いなんて思わない。いつどんなときも自分と対話してきたから自分の動かし方もようやくわかってきた。どんな状況でもあきらめない。汚い自分も美しい自分も共存して”上手く”やっていく。(人生そう上手くいくかなフフフ)
time will tell 時間が経てばわかる。
死ぬな、生きろ、私。